平戸で育てる、平戸で学ぶ
専攻医インタビュー

地域の小病院だからできること 〜途上国での活動を見据えて |
---|
平戸市民病院 髙橋 康太郎 総合診療専攻医 (長崎大学病院 総合診療科) |
長崎大学病院総合診療科「ながさき総合診療専門研修プログラム」に所属し,平戸市民病院で働く髙橋康太郎先生にもお伺いしました。
―髙橋先生、内科医でありながら、ここでは外科の経験も積んでいるそうですね。堤病院長は「彼をりっぱな外科医に…」とおっしゃってました。
それは言い過ぎでしょう(笑)。でも非常に貴重な体験をさせていただいていますよ。オペにも一緒に入って、縫合などもしています。全身麻酔の管理も行います。選択すれば初期研修でも行うことですが、医師として経験を積んだ今だからこそ、当時より病態などの理解も深まっているため勉強になります。怒られることもありますが、自身の技術も格段に上がりました。私はそもそも新しいことに挑戦するのが好きで、内科医として行って良い範囲の治療は、出来る限りなんでもやれるようになりたいと考えています。なぜなら、今後どのような経験がどういった場面で生きるか、まだ自分では分かりませんから。
―ご自身の内科のレベルアップに役立つ実感はありますか。
はい、いろいろなメリットがありますよ。例えば、胆嚢炎などは、内科で診断つけて手術適応となると、外科に移り、そこから先をみる機会は内科にはありません。でもここでは一緒にオペ室に入り、術後管理まで行っています。胆嚢炎は抗菌薬で内科的に治すこともできますが、全身麻酔を施して外科的に取り除くことの実際が分かると、手術のメリットとデメリットを考え、より良い選択肢を提案できます。高齢になると「手術までやらなくていいんじゃない?」などの意見も出てきますからね。それにCTなどでの画像所見がいざ開けてみるとこうだった、という画像診断能力も上がります。堤病院長はその画像読影能力も素晴らしく、蓄積された経験を目の当たりにすることができます。これは内科医だけに学んでいると分からないことですね。
―現在医師になって6年目と聞きました。ここまでの経歴をお教えください。
出身は千葉で山形大学の医学部を卒業しました。大学ではサッカー部で、県代表として天皇杯に出てJ1のチームと試合をしたこともあります。研修医で奄美大島に行ったのが自分にとって大きな経験でした。島に1ヵ所しかない基幹病院で、ありとあらゆる患者を受け入れていました。ドクヘリにも乗っていたのも良い思い出です。様々な患者を受け入れて治療をして、その後も他の病院に移ることは少ないわけです。だから自分が担当した患者さんの経過も全部追うことができました。それは平戸市民病院にも通じるところはありますね。こちらは橋で陸続きではありますが。一通り何でも診られるようになりたい人には非常に良い環境です。
もともと、子どものころから何か社会貢献をしたいという漠然とした感情があり、それには医師免許は持っていた方が良いなと考えて医師になりました。ちなみに高校卒業後は新聞販売店に住み込んで働いたり、都内でフリーターしてた時期もありました。
海外の途上国での医療活動にも興味があり、初期研修終了後は熱帯医学を学ぶために長崎に来ました。長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科でMTM、DTMHを修了し、その後長崎大学病院総合診療科・熱研内科に所属して働いています。ザンビアで診療活動をしている山元香代子医師のもとで働きたかったのですが、コロナの影響でやむなく延期になりました。総合診療科・熱研内科のはからいでフィリピン研修にも行かせていただき、感染症の専門病院で結核やHIV、破傷風、狂犬病などの診療を学びました。病院以外にもヘルスセンターの見学なども行うことができ、良い経験になりました。フィリピンでもそうですが、内科医でも切開ドレナージなど外科的な処置が出来れば診療の幅が広がり、治療の選択肢も増えます。出来なければ出来ないで仕方ないけれど、自分の持てる選択肢は多いに越したことはありません。
―なるほど、それを聞いて、積極的に外科の経験を積む理由が分かりました。平戸市民病院での日常はどのような感じでしょう。
外来患者を診て、入院患者を診て、手術があれば参加して、その他にも生検や、アテロームの摘出や、ERCPの補助なども行っています。上部消化管内視鏡検査やイレウス管留置あたりは一人でもできるようになりました。なんでも自分でできるようになりたいと言っても、合併症のリスクなども考慮し、自分がやるべき処置かというところは患者さんの利益を中心にシビアに評価するようにしています。例えば、下部消化管内視鏡検査は上部より専門性やリスクも高くなってきますので、当面は手を出すつもりはありません。手技や外科的な分野の話が多くなりましたが、もちろん中心は内科診療で、糖尿病などの慢性疾患から肺炎や心不全といった急性疾患を多く診ています。普通の一般内科の診療範囲を超えると思われる血液疾患や難治性の関節リウマチなども、患者さんが望めば、当院の他の医師や佐世保の総合病院と連携を取りながらできる限り対応しています。訪問診療や特別養護老人ホームにも出向きます。それから大事なのが、初期研修医が多く研修に来るので、教える機会も多いことですね。
―平戸市民病院には多くの臨床研修医が都市部からやってくるそうですね。地域医療のどんな点を学んでほしいと思いますか。
大きな病院の中の研修医は、先輩がやることを見学することが多く、自分が診察しても決定権は無い立場です。しかし、ここではお客さん扱いはせず、やる気のある人には自分で診療させるなど任せます。それが一番成長できるから。もちろん後で私が全てチェックしています。正直言って、私が自分でやる方が早いことも多いけれど、本人の自主性が大切です。私自身、奄美でいろいろなことをやらせてもらって、それがとても自分のためになりました。その時に出会った救急救命センターの原純先生には、大変影響を受けました。原先生は今独立して「みんなの診療所」を設立運営していますが、SNSやブログで情報発信をされており、今でも刺激を受けています。いずれにせよ、研修医の時にどのような病院で何を学ぶか、誰に出会うかがその後の人生を左右すると言っていいと思います。だから当院のように高血圧などの慢性疾患から救急車で運ばれる重症患者、緊急手術まで何でも診る病院で経験する方が、力がつくのではないでしょうか。
―髙橋先生は今後どうするのですか。
まずはザンビアに行って働きたいですね。それから将来的には、医療のシステム全体に関わる仕事に興味が出てきています。6年間医師をやってきて、問題はシステムであり、そこを改善するべきだと思い始めています。医師ってつぶしがきくでしょ(笑) 食うに困らない。
―先生のお話を伺っていると、ゲームで、道端に落ちている道具をとりあえず拾って自分の袋に入れて進んでいく主人公を連想します。
それも、言い過ぎでしょう(笑)。主人公でなくて村人Bくらいが良いです(笑)。


