延末 謙一
延末 謙一 (のぶすえ けんいち) |
私はもともと医師ではなく、バングラデシュで政府開発援助の仕事をしていました。バングラデシュの医療事情は大変です。日本の地域医療とは関係ない話ですが、自己紹介のついでにぜひ紹介させてください。
バングラデシュ | 日本 | ||
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平均寿命(男性) | 62.0歳 | 79.0歳 | (2005年) |
平均寿命(女性) | 63.0歳 | 86.0歳 | (2005年) |
5歳未満死亡率(出生1000対) | 73 | 4 | (2005年) |
5歳未満死亡のうち下痢が占める割合 | 20.0% | 0.4% | (2000年) |
傷病による余命損失のうち感染症が占める割合 | 60.0% | 8.0% | (2002年) |
出産に医療スタッフが関与する割合 | 13.0% | 100.0% | (2004年) |
医師数(人口1000人対) | 0.26人 | 1.98人 | (2004年) |
入院ベッド数(人口10000対) | 3.0床 | 129.0床 | (2001年) |
国民1人あたり医療支出(USドル) | 13.7ドル | 2,823.2ドル | (2004年) |
発展途上国で旅行者下痢症になった方もいらっしゃると思いますが、「なぜ現地の人は平気なのか」と疑問に思いますか? 実際には現地の人々も平気ではなく、その多くが、子どものうちにお腹をこわしたり、他の感染症にかかったりして、治療も受けられないまま亡くなります。こうした病原微生物との戦いに生き残った人々だけが、成長し、私たちと出会うことになります。彼らのバイタリティに目を奪われがちですが、その背後では、病気で死ぬ子どもや、子どもを失い悲しむ親が多数存在するのです。
こうした状況を改善しようと、バングラデシュには、医療協力事業で大勢の医師、看護師がやってきます。彼らの活躍を見て私も医師になりたいと思い、2001年4月、高知大学医学部に学士入学しました。33歳になってはじめて丈の長い白衣を着て、どきどきしたのを今でも覚えています。
初期臨床研修では、スーパーローテーションにあわせて、細長い高知県を東から西まで移動しました。地域での研修は選択制で、たとえば産婦人科研修については、大学病院ではハイリスク妊娠の管理が主体となり、地域拠点病院では正常経膣分娩で赤ちゃんをとりあげることが主体となります。私は後者を選び、他科でも地域の病院を選択しました。
2007年4月からは、後期研修医として長崎大学病院熱研内科(感染症および呼吸器内科)にお世話になっています。大学病院の入院症例をもとに先生方に厳しく丁寧に指導していただき、またタイ東北地方のAIDS対策拠点病院でも実習させていただきました。
そしてへき地病院再生支援・教育機構の短期プログラムで,平戸市民病院で研修する機会を得ました。発展途上国の農村で直接患者を診たいという動機で医師になり、そのために専門的な感染症診療とプライマリケアの両方を勉強したいと思っている私には、とてもありがたいことでした。もちろん、発展途上国の農村と日本の僻地とでは疾病構造が違うのですが、外来で直接多数のcommon diseasesを診るという、大学病院ではできない勉強がここではできます。軽症から中等症の気管支喘息、市中肺炎などを多数診ながら、それぞれのガイドラインをじっくり確認することができます。外来での小外科やオペ場での前立ち、全身麻酔などは、スーパーローテーションでそれぞれの科を回って以来久しぶりに経験することで、よい復習の機会となります。訪問診療や公民館での健康講座なども僻地医療ならではの活動で、医療機関が存在しない発展途上国の農村での活動に通じるものがあります。
ただし、ここでは有料の電子ジャーナルやUp To Dateなどのコンテンツを見ることができません。この点はぜひ改善してほしいと思いますが、これ以外に不便を感じることはなく、とても有意義な研修生活を送っています。さらに、地域医療研究で提携しているカナダ・トロント大学も見学できる予定で、楽しみにしています。
へき地病院再生支援教育機構の研修医募集のポスターにある、「あなたが医師になることを決意した原点がきっとここにある!」という言葉が、確かに私には当てはまる、ということをご理解いただくため、長々ととりとめのない事を書かせていただきました。一人でも多くの方が、地域医療に(そして国際保健に)興味を持って、一緒に勉強してくれることを願っています。